ユートピア研究

『見つけ出すもの』ではなく『作り出すもの』、それがユートピア

23. アドベンチストの学園村 ~学業に専念できる環境を提供するには~

 

 アルゼンチンのミシオネス州のアレンという町の郊外にイフバ (I.J.B.A)と呼ばれる全寮制の学校があります。200名ほどの生徒が衣食住を共にし、教職員たちと一緒に働きながら学び、優良な食品を生産し、地域社会に溶け込んだ共同コミュニティーのような存在です。

 この学校は作者が高校生活2年間を送ったところで、興味深いケーススタディーのひとつとして紹介してみます。ここで作者は、労働学生として農場で週20時間働きながら、授業を受け、ピアノを習い、空手同好会を主事し、週末は病院慰問などで横笛演奏などのボランティア活動をして大変有意義な高校時代を過ごし、スペイン語もここでマスターしました。


 ここの学校は学生たちが働く農場や様々な産業によって自給自足が図られ、近くの町や地域では、この学校で作られるパンやチーズ、牛乳、ジャムや卵、野菜や果実が売られています。学校の生徒には、アルゼンチン人ばかりではなく、ブラジル人、ウルグアイ人、日本人、アメリカ人、チリ人、ペルー人などいろいろな国から勉強に来ています。また興味深いのは、裕福な家庭の子供もいれば、貧しい家庭の子供、親のない孤児や、家出少年、そして中には国外追放を受けたテログループのメンバーだった若者までいました。

 この学校はアドベンチスト教会が運営するミッションスクールですが、学校の門は、国籍、宗教、社会層に関係なく、学費を支払うことのできる学生か、自力で働きながら勉強する意欲のある学生であればだれでも受け入れてくれます。
 120ヘクタールほどの敷地の中には、乳牛の放牧地、畜舎、養鶏場、野菜畑、果樹園、木工所、自動車修理工場、食品加工工場、売店、教室棟、男子寮、女子寮、講堂、体育館、教会、図書館、音楽棟、食堂棟、そして教職員住宅が回りを囲むようにして散在します。

 キャンパス内には、くつろいだり、読書をできる野外スペースなどがたくさんありますが、学生たちは始めは、授業、労働、クラブ活動、勉強時間、洗濯、礼拝、反省会などのびっしりとつまったスケジュールに追われ、遊んだりくつろぐ時間はほとんどありません。たとえ学費100%を入れている学生でも週8時間の義務労働があります。(労働学生の場合は週24時間)学科の平均点や労働時間の基準をクリアしていれば、自由時間や外出許可なども持てますが、学科の点数が低かったり、労働時間をクリアしていない学生には、いっさいなく、すぐ看守のような学生管理役たちに勉強部屋や労働部署につれていかれます。なれない学生には刑務所のような厳しさがありますが、ルールを侵さず、最低の基準をクリアしていれば自分で勉強時間も、労働時間も遊びや外出も自由に設定し、自己管理ができる環境があります。これは恋人を持つためにも同じことが必要です。


 教師たちも学校の周りに住んでいるので、夜や週末のスポーツ活動や文化活動にも顧問や指導員として学生たちと付き合っています。

 アレンの小さな町からは6キロほど離れ、山と畑に囲まれた「ど田舎」ですが、音楽やスポーツが盛んで、ストレスのたまらない環境なので、学生たちの体力面と精神面でのコンディションは良好で、学力レベルも体力レベルも州内で知られた高水準です。学生たちのコーラスグループと室内オーケストラも有名で、内外でのコンサート活動も盛んです。サッカーは週末地域の町のチームや他校との試合があり、国際色豊かな文化イベントも地域住民の楽しみになっています。 

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 アドベンチストと呼ばれる組織は、正式には「セブンスデーアドベンチスト教団(SDA)」(SDA教会と略したりする)と言い、世界中に学校や病院を経営することで知られるキリスト教団体です。

 この教団は、聖書主義に立つプロテスタント系の教会で、1863年に米国で当初数十人の集まりでスタートしその後世界中に広がり、現在はワシントンに本部を置き、世界中に1千万人を越える信徒数を抱える世界的な組織です。そして世界中で学校や病院、健康食品関連企業、出版社、老人ホームなどを経営しており、またこの教団が維持するNGO組織のアドラ国際援助機構は、発展途上国における社会福祉活動によってよく知られています。ちなみに第二次世界大戦後の日本にこの組織は膨大な物資援助を入れて日本の社会復興を応援しました。


 また教育機関を設置する上で、教育に専念できる落ち着いた環境を重視しています。そのため、小学校などは都市内、田舎など様々な地域社会に作られますが、中学高校と大学は、都市から離れたところに農場や食品加工業などの産業を備えた自給型の全寮制の学園を作り、そして途上国の学校では学費が負担できないこどもへの労働奨学制度もあります。そしてこの学園を取り巻く環境はひとつの村から町のようにまで発展することもあります。

 そしてその「学園村」の環境は宗教に関係なく、訪ねてきた人たちが住み着きたくなるような理想的な社会環境を作り上げています。そこでは、みんなが平等で、だれも人と争ったり、口論したりすることはなく、気を使った形式的な付き合いもなく、みんなが神と隣人への愛を求めた社会が作られています。この宗派の思想が、「この世の人生は神の国に入るための準備の段階であり、そこにもっていくことのできるものは人格と品性だけである」としているため、財産や社会的地位、名誉などに対する執着がなく、人格と品性の完成を目指し、他者への奉仕精神や思いやりいっぱいの人間環境が築かれるのでしょう。
 大学教授が夏休みには新しい教室の増築工事に生徒たちと一緒にレンガを担いだり、パン屋の親父と別な大学教授が一緒に公園の草むしりをしたりしているのを見かけることがあるような環境です。そしてこのような雰囲気の学園がアメリカ、イギリス、フランス、スイスなどの先進国にもあれば、アフリカやアジア、中南米など世界中に点在しています。中には南太平洋の一つの島全体がアドベンチストの学園村で、そこに派遣された青年海外協力隊の青年が任期終了後、日本に帰りたくなかったという報告までありました。


 日本では、この系列に属する、三育学院として知られる学校が全国にあり、幼稚園から大学までの教育を「三育教育」という独自の全人教育方針で行っています。日本国内に幼稚園5校、小学校10校、中学校3校、高等学校1校、大学1校があり、また海外には中学、高等学校で1014校、大学は90校あります。
(写真:千葉県夷隅郡大多喜町にある 三育学院短期大学 )

  心豊かな人物の育成を目指した特色教育 
1)宗教教育:キリスト教教育。毎日朝夕の礼拝、安息日の礼拝、聖書の授業などを通してキリスト教の価値観を体得します。
2)労作教育:働くことを通して奉仕の喜びを体感します。また3年間自分の畑を持ち自然からの恵みを受け自然界の営みを学びます。
3)音楽教育:聖歌隊、ブラスバンド、弦楽アンサンブル、ハンドベルコワイヤーなど多種多様なクラブを用意し、熱心に活動しています。また、ピアノ、声楽、バイオリンなどのレッスンを受講することもできます。
4)実践教育:寮生活、ボランティア活動等を通して実社会での自己実現の備えをします。また外国人教師を揃え、ネイティブな英語を身につけることができます。更に、英検、数検、漢検などの各種検定試験にも毎年多くの合格者を出しています。

 「真の教育は、人間の知、徳、体に関係があり、また人間に可能な限りの生存期間の全体にわたって関係がある。それは知、徳、体の能力の円満な発達を意味している。真の教育は、この世における奉仕の喜びと、さらにまたきたるべき世界における一層広い奉仕の、より大いなる喜びのために、生徒を準備させることである。」(E.G.ホワイト著「教育」 17ページ)