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ユートピア研究

『見つけ出すもの』ではなく『作り出すもの』、それがユートピア

36. 知られざる隠れ里 ~北の国に今は痕跡のみを残したユートピアがあった~

 


 ユートピアを造ろうとする試みは昔から現在に至るまで沢山の例を見つけることができるが、その動機や経緯は政治的な発想から、思想的、宗教的と様々である。
 この中で、ある国家目的や地方権力者の戦略的考えによって秘密のうちに作られ、誰にも知られることなく存在し、そして新しい時代に入るとともにお役目終了となり、誰にもお披露目することなく取り潰しになったり、閉鎖されてしまった忍者の隠れ里のようなものがあるが、これに共通する背景をもった一種のユートピアが北国の山の中に存在した。

 これはまさに山の上の隠れ里ともいえるものだったかもしれない。 
 そこは一般人が入ることも覗くこともできない秘密の里であり、そのためにそこ働く人間が外部と関係をもつことなく暮らせるよう、完全な自給自足の社会が独自の価値観や考えで形成されていた。そこにはヨーロッパやアメリカなどから様々な技術者が招聘され、さまざまな農産物が試験栽培され改良工夫が行われたりし、必要な食品加工まで自ら行われていた。そして道路わきには見事な桜並木が連なり、当時では他で見られない建物が並び、立派な馬車が走りまわり、ヨーロッパの理想的な農園スタイルが建設されていたのである。

 しかし、ここは内部の人間には秘密主義が徹底され、外部の人間でも口にすることははばかれたし、一切の記載がゆるされなかったのである。


 特定の殿様に仕えた忍者たちが隔離した村を作りそこで自分たちが持つ情報や技、そして極意などを子孫のみに伝え守っていた伝統と似た環境があったのではないかと考えられる。この里の関係者は死ぬまですばらしい内部の生活環境や暮らしについて口にすることはなかったのである。

理想郷造りへの挑戦

 このすばらしい里の内情については誰にも知られないままに里は解散され、この地は入植希望の開拓者に農地として分譲された。しかし、この地には夢見る人間をひきつけるものがあったのであろう。その後も幾度に渡ってユートピア建設の試みや計画が模索された。そして今もまた新たにここにユートピア建設にトライするものたちがいるのである。