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ユートピア研究

『見つけ出すもの』ではなく『作り出すもの』、それがユートピア

19. クエーカーたちが創った理想都市フィラデルフィア

ユートピア事例

~平和主義の資本家グループたちのこだわり~

 

新大陸に理想郷を作るべくピューリタンたちと並んでアメリカに入り込んだ別のグループにクエーカー教徒たちがいました。

 クエーカーは、17世紀の中頃のイギリスで、当時のキリスト教の儀式化・神学化に反対したジョージ・フォックス(G.Fox 1624-1691)が創設した教派です。

 フォックスは、真理はそれぞれの魂によびかける神の声にあるとし、それがあらゆる人に内在するとするため、性や人種による差別を否定したのでした。しかしこのために、クエーカー教徒はピューリタン派を初めとするイギリスの教会や社会より迫害されるようになりました。

 1681年イギリスでクェーカー教徒であるが故に投獄されていたウイリアム・ペンは、父親イングランド国王チャールズ2世に貸していた借金のかたにDelaware川の西側の土地を得、ここに理想郷を作ろうと1682年にNew Castel(現Delaware州)に上陸し、北上しSchuylkil川がDelaware川と合流するあたりに入植しました。

 

そしてこの地域は、所有者にちなんでペンシルバニア(ペンの森)と呼ばれ、また、そこに築かれた街をフィラデルフィア(City of Brotherly Love)と名付けました。


 フィラデルフィアは、1666年のロンドンの大火事を教訓に、通りを広く、そして網の目状に街作りがなされていて、アメリカで最初に計画的に造られた都市と言われています。

 

現在も通りの幅に余裕があり窮屈感が無いのは、この都市計画思想のおかげです。またウイリアム・ペンはネイティブアメリカンや他の入植者達を平等に扱い、そのため街には城壁を築かず、周辺との境界も明確にしませんでした。

 

さらに彼は投資を呼び込み街を発展させるため、市内の土地区画購入者には郊外エリアに無料で土地を与えました。こうして街は発展し、ボストンやニューヨークより後に出来たにもかかわらず、工業・金融サービス・船着き場の設備の良さ・そして優れたペンシルバニア産の農産物のおかげでフィラデルフィアは英語圏ではロンドンに次ぐ大都市へと発展していきました。

 

イリアム・ペンは1701年最後にフィラデルフィアを発ち、1718年にイングランドで亡くなっています。

 


 1758年、クエーカー教徒は、ロンドンとフィラデルフィアにおける年次会議で、社会的活動における奴隷の開放と、売買の禁止を促す宣言を発表しました。


 彼らは「平和第一主義」を信条とし「質素な生活態度と兵役も拒否する平和主義」を理想としていました。 その価値観に基づき、クエーカー教徒は軍備関連に投資をしないことでも知られています。南北戦争をはじめ、戦争にも参加しませんでした。

 

米国においては、宗教的な立場や良心的戦争反対の信念を持つ市民を兵役から免除するために1930年頃には徴兵法が改正されました。信者の数では決して多数派になったことがないにもかかわらずその社会的影響力は大きいとされるひとつの例となっています。


 クエーカー教は、教育熱心「人間は皆、無限の可能性を秘めて生まれてきた。」という教えに基づいて世界各地に学校を造り、世界の平和のために働く人間を育ててきました。

 

それらの学校では、生徒一人一人の個性を大切に育みながら極めて質の高い授業がなされており、「信じた通りに生きよ」という教育精神が受け継がれています。