ユートピア研究

『見つけ出すもの』ではなく『作り出すもの』、それがユートピア

19. ヤマギシの村   ~無所有一体思想~

 


 ヤマギシの村は、1953年に養鶏家の山岸巳代蔵という人が考案した思想体系(「無所有一体」等)を元に、集団農場での共同生活・お金のいらない自給自足を目指した理想社会の建設に力を注ぎ、健康な野菜や卵を目玉とするヤマギシ農場を日本全国に39箇所、海外に7箇所まで広げたヤマギシ会の理想郷プロジェクトでした。

 野菜や家畜を育て、病院や学校も、衣食住も全てヤマギシが面倒をみましょう。そして、ヤマギシ農場をどんどん増やして、最終的には世の中を変えてゆきましょう…… といったようなうたい文句に多くの若者たちが集り、自分の財産やお金を差し出して集団農場に入り、共同生活をしながら農作業や農産加工の労働に従事し、社会を変えていく運動に参加していきました。

 ヤマギシの村は、そこで生産する農産品や、自然と農業を教える独自の教育体制によって全国的に知られるようになりましたが、この「無所有一体思想」とは、ソ連や中国などの共産思想実現のために計画された集団農場(コルホーズ人民公社)などとも共通点があり、またトルストイユートピア思想、イスラエル人の国家建設の土台としたキブツ(集団農場)などとも共通した面が多くみられました。
 しかし、このヤマギシの村の創始者の思想と基本的な農場の体制はすばらしいものがありながら、結局は人間の集りであるために生じる理想と現実の矛盾や、建前と本音の矛盾、不平等や自由の喪失など、そして指導者たちの特権占有や権力乱用などソ連などの社会主義国で見られたような現象が起こったようです。そして思想や主義よりもオウムや統一教会などと比較された批判がでてくるようになりました。


 ヤマギシ会のヤマギシズム社会実顕地



 ヤマギシ会の目指すものは一言でいえば“全人幸福社会の実現”です。現在及び将来にわたるすべての人々が一人残らず人間らしく生きられ、戦争も諍いもなく、物の欠乏や心の貧しさで苦しむ人もいない、そんな社会を実現することを目的としています。 

 今の社会通念では、例えば、金持ちになったり、社会的な地位が高くなることを、あるいは一時的な快楽を幸福そのものと取り違えている場合が多いですが、いくら一代で財をなし名声を得たとしても、いつ失うかもわからない地位や財産に執着しているのでは、とても安定した幸福であるとはいえないでしょう。
 すなわち、人間同士は言うまでもなく、自然界の諸事・諸物とも共に一体の仲間として繋がり、活かし合い、心も安らかに生命や生活も安定した快適に暮らせる社会にして、世界中の人が残らず永久に仲良く楽しく暮らしていくことを趣旨としているのです。 そして、ヤマギシ会では、このような社会の実現は「無所有一体の社会」を実現することによってのみ可能であると考えています。 

 「ヤマギシズム社会実顕地(別名「金の要らない仲良い楽しい村」)では、自然と一体の循環農法を基盤に各種の産業が営まれ、老若男女の村人が、野菜や動物とも心通わせながら、仲良しの新しい社会づくりを楽しんでいます。 また、ここから生み出された食品は、全国およそ100万人の活用者のもとへ届けられています。ヤマギシの村は150品目におよぶ生産物のふるさとでもあるのです。1975年、そんな村を舞台に、子どもたちの健やかな生長を願ってヤマギシズム子ども楽園村が開催されました。」

● 理  念
幸福会ヤマギシ会は「自然と人為、即ち天・地・人の調和をはかり、豊富な物資と、健康と、親愛の情に充つる、安定した、快適な社会を、人類にもたらすこと」を趣旨としています。 

● 活  動
幸福会ヤマギシ会の活動の目的は「人がみな本当に幸福になれる社会づくり」です。
その実践活動は、全国津々浦々、会員が居住している地域においての幸福社会づくりと、会員有志によるヤマギシズム社会の実践モデル体としてヤマギシズム社会実顕地(通称「ヤマギシの村」)づくりがあります。


● 組  織
 幸福会ヤマギシ会は、特定の個人あるいは集団が指導・統制している組織ではなく、会員それぞれの自発的自由意志により活動している団体です。


 

 ヤマギシズム社会実顕地の崩壊


 「腹の立たない人間になりませんか」と7泊8日の特別講習研鑚会へ誘い、修了後は、「出精兵士」として、会員活動(ヤマギシで生産した野菜を売る)をさせる。ヤマギシ会では、この野菜を無農薬といっているが、実は農薬を使っている。騙される人は40代が多い。その後、14泊15日の研鑚学校に入れられ、「全てのものは、誰のものでもない」という「無所有一体思想」精神を叩き込まれ、最終的には、全ての財産を没収される.... などの経緯が知られており、これに対する批判が1995年からとうとう訴訟や裁判にまでなりました。

 2001年1月31日東京地裁は、ヤマギシ会に脱会主婦の財産と慰謝料合わせて2億4,000万円)の損害賠償を支払うよう命令しました。これがヤマギシ会への請求訴訟で出た初めての判決でその後、多くの脱退者が同会へ財産や賃金の返還、請求訴訟を起こしています。



 ヤマギシ会は、40年程前に山岸巳代蔵という人が考案した思想体系(「無所有一体」等)を元に、理想社会の建設を目指そうという運動体だった。山岸の理念に基づいて、30年ほど前から日本各地、次いで海外にも次々と「実顕地」、いわゆるヤマギシの村が建設された。 しかし、2000年、ヤマギシの実顕地はなだれを打って崩壊した。それまで中枢を担っていた「20年選手」の人材から始まり、次代を継ぐと期待されていた20、30代の若手の人材のほぼ全てが村を出た。今でもヤマギシの村はいちおう存続している。ヤマギシの思想には絶望した者もいるが、未だ「無所有一体」の思想に希望をつなぐものたちも多い。
(ヤマギシの村の元メンバーが、「ヤマギシ」は、何故失敗したのか、ヤマギシ現象は、実際のところ何であったのか、などについて考えるサイト「無我執ドットコム」より引用)

広告を非表示にする